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官兵衛の生涯 続き

2014/06/07
    加古川発です。

    官兵衛の生涯 続きです。ヨロシク。

    天正10年(1582)6月、備中・高松城を水攻めの最中、本能寺で信長が家臣の

    明智光秀に討たれるという大事件が起こります。茫然自失となった秀吉に

    官兵衛は「謀反人の光秀をお討ちになれば、天下があなたの手に入ってくるでしょう」

    と進言。

   自ら使者に立ち 信長の死を隠し、毛利方と和議を結んで早々に撤退を開始します。

   京都まで「通常10日はかかる行程を 実質7日で走破し、山崎の合戦で

   光秀を討ち破るのでした。

   戦史上 稀に見る強行軍は 後に「中国大返し」と呼ばれました。

   天正11年(1583) 秀吉は「賤ヶ岳の合戦」
http://dic.nicovideo.jp/a/%E8%B3%A4%E3%83%B6%E5%B2%B3%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84

   で天下を大きく引き寄せます。官兵衛が高山右近に導かれ、キリシタンになったのも
   
   この頃で 洗礼名は シメオン と言いました。

   その後も官兵衛は四国や九州征伐に参画。秀吉の天下統一に貢献し、天正15年

   1587 には豊前6群12万石の大名となり 翌年 中津城を築城しました。

   天正17年(1589)官兵衛は隠居し家督を息子 長政に譲り

   「如水」と号し 秀吉の小田原城攻めにも参加しています。

   「戦わずして勝つ」と言う得意の調略をもって無血開城させるなど

   軍師としての輝きは失ってはいませんでした。

   文禄元年(1592)には秀吉の朝鮮出兵の軍監として出陣しますが

   翌年許可なく帰国して秀吉の怒りを買い、官兵衛は頭を丸め
 
   謹慎しました。

   慶長3年(1598)秀吉が亡くなり 天下分け目の戦いとなった慶長5年(1600)

   「関ヶ原の戦い」では黒田家では長政が家臣を率いて家康の東軍側で大活躍。

   戦いはたった1日で終わってしまいます。

   その頃官兵衛は九州の大半を制圧しましたが、その知らせを聞いて
  
   勝者家康に服従したと伝えられています。

   家康は、長政には論功行賞として筑前52万3千石を与えました。

   慶長9年(1604)3月20日、官兵衛は京都伏見で59歳の生涯を終えました。

   法名は、 龍光院如水圓清居士。  

                                    官兵衛の生涯終わり



   

 
   

   
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01:19 つれづれ | コメント(12) | トラックバック(0)
コメント
明日夜からの大河、ますます楽しみになりました。
官兵衛を主人公にした本は、読んだことが無かったですから・・・。
しょこらろーずさんへ♪

いつも解りやすく教えて頂きありがとうございます。
しょこらろーずさんの解説を読み、ドラマを見るとなお面白くなると思います。

ありがとうございます。
またおじゃまします☆♪
ますますおもしろくなりそう!
しょこらろーずさん こんばんは

黒田官兵衛の生涯について知らなかったものですから
とても興味深く読ませていただきました!

ドラマではどんなふうに脚色するのかな、なんてこと
も考えていますが、歴史ドラマですからできるだけ史実
に忠実にするでしょうね(^^)。
こんばんは
ばーばらさん☆コメント有難うございます。

ちょっとでもお役に立てた事嬉しく思います。

播州のこの土地の物語で姫路市も加古川市も賑わって
います。

地元ですが今まで知らなかった歴史です。
見ていただき嬉しく思います。
こんばんは
かのこさん☆コメント有難うございます。

そうですよね。確かに地元の研究家が考えて
書かれてますから、きっと解りやすいと思います。

私も学びテレビを見ています。

かのこさん有難うございます。
おはよう!

私も、何時も見ています。
しょこらちゃんは、ホントに官兵衛好きね。
もう、官兵衛館で、説明も出来るくらいでしょう?

あと半年。
盛り上がって欲しいですね。
こんばんは
karinさん☆コメント有難うございます。

お返事遅くなってすみません。
そういう事を言ってもらうと嬉しいです。
有難うございます。

加古川には郷土研究家がおられて、講座も聞く事出来ます。
古墳の事や歴史の事などです。
こんど一度聞きに行きたいと思っています。
平日ですから中々足が運べません。

官兵衛さんの配役は適役の俳優さんや女優さんだと聞いています。
こんばんは
ちるみさん☆コメント有難うございます。

ちるみさんよりコメント入った時、やれやれと思いました。
本当よ。ずいぶん気になってました。

官兵衛さんは、今は加古川と姫路で人気者です。光姫も。
お菓子が出来たり、官兵衛コーヒーなど、官兵衛&光姫で
テレビの力は大きいと思います。
黒田官兵衛のことはドラマを観るまで知りませんでした。
しょこらろーずさんの解説で少しづつ分かってきました。
還暦前に亡くなったのですね。
昨日の放送でやっと救出されました。
この幽閉が生涯堪えたのでしょうか。
こんばんは
絆さん☆コメント有難うございます。

日曜日の放送は大変な場面でした。
命があってよかったですが、俳優さんもさぞ大変と
思いました。

今はずっと官兵衛ブームです。官兵衛さんのお菓子に官兵衛
珈琲など姫路に行けばもっと品数も多いと思います。
光姫の故郷が志方です。志方はいイチジクが有名ですから
イチジクのお菓子もあります。
ビックリしますよ。


しょこらろーずさん、こんばんわ。
大河ドラマファンの花水木です。
ドラマの最後に加古川の黒田官兵衛ゆかりの地が紹介されますよね。
その都度しょこらろーずさんのことを思い出しております。
1年間の有岡城の土牢幽閉、よくぞ生きていられたと感心いたしました。
それにしても荒木村重の憎きこと!
でも秀吉に忠誠を誓った、そんな黒田家も最後は徳川側につくのですよね。
お家の存亡をかけての戦国の悲しき結末でしょうか。

ためになるお話を有難うございます。
こんばんは
花水木さん☆コメント有難うございます。

お返事遅くなっています。
今日も22日にある加古川市長選のお手伝いに行って
ました。
官兵衛&光姫の歴史物語、今まで知りませんでした。
今回こういう形で大河ドラマになって、姫路も加古川も
旗を揚げて賑わっています。お寺にも張り紙があります。
誰が世に伝えたのかと思うほどです。

加古川市にある鶴林寺だけは、古い歴史を物語る品があります。
秀吉に味方したので残っていますが他のお寺は皆燃えて
しまい全くないそうです。武将はやはり強くないとダメなんだと
思います。

コメント、嬉しく思いました。

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